麻婆豆腐と冷房と汗と

今週のお題「この夏よく食べたもの」

夏になると、妙に特定の食べ物が恋しくなる。私にとってそれは、長年にわたってアイスクリームと決まっていた。だが、どういうわけか、今年の夏は違った。それは、麻婆豆腐だった。もちろん、アイスクリーム、蕎麦、そうめんも食べた。それは夏のルーティーンであり、ある種の儀式のようなものだ。しかし、今年の夏を特徴づける食べ物は、間違いなく麻婆豆腐だった。

友人たちは、私が麻婆豆腐に狂っているのを不思議がった。彼らは言う。「夏の暑い日に、汗をだらだら流しながら辛いものを食べるなんて、一種の修行だろ?」と。彼らの言葉は的を射ているように聞こえる。熱い鍋から立ち上る湯気、花椒の痺れるような香り、そして一口食べると額から噴き出す汗。それは確かに修行だ。しかし、この修行の先には、特別な快感が待っている。

冷房の効いた部屋で、熱い麻婆豆腐を食べる。汗腺が開き、体中から汗が吹き出す。その汗が、冷たい風に触れて、スッと引いていく。その瞬間の、全身がひんやりと冷えていく感覚。それは、まるで真夏の夜の湖に飛び込んだ後のような、清々しい感覚に似ていた。そして、不思議なことに、この麻婆豆腐を食べるという行為には、どこか現代社会の閉塞感に対する反抗のような、ささやかな暴力性が含まれているような気がした。

人は、どうして辛いものを食べるのだろう。もしかしたら、それは日常の惰性から抜け出すための一種の刺激剤なのかもしれない。エアコンが効いた快適な部屋で、私たちは常に心地よさを求めている。しかし、麻婆豆腐は、その快適さを一時的に破壊し、体と心に揺さぶりをかける。そして、その破壊の後に、新しい秩序と快感が生まれる。汗をかきながらも、なぜか心は静かに落ち着いていく。

今週のお題「この夏よく食べたもの」
今年の夏、私が麻婆豆腐に惹かれたのは、もしかしたら、そんなふうに自分自身をリセットしたかったからなのかもしれない。麻婆豆腐は私に、ただの食べ物以上の何かを与えてくれた。それは、汗をかき、冷え、そして再び熱くなる、そんな小さな生命のサイクルだった。そしてそのサイクルは、私を静かに癒してくれた。来年の夏も、また麻婆豆腐が食べたくなってしまうのだろうか。きっとそうだ。私たちは、それぞれの夏に、それぞれの食べ物を見つけるのかもしれない。

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