セクシュアリティ概念の歴史的変遷:フーコーが描く古代の倫理から近代のアイデンティティへの道のり
現代の私たちにとって当たり前の「セクシュアリティ(性)」という概念は、個人の欲望に本質的に関連付けられたアイデンティティという現代的な考え方であり、わずか140年ほど前の1880年代頃になってようやく誕生しました。しかし、その発展の歴史は古く、古代ギリシャの哲学的倫理から、キリスト教の自己否定の教え、そして近代の科学的分類へと、西洋社会の根本的な変化と密接に結びついています。
そこで本稿では、この概念がいかにして形成され、現代の「性」の認識に至ったかについて、ミシェル・フーコーの『性の歴史』が描く道徳と主体の変容の視点を取り入れながら、歴史的な変遷を詳細に論述します。
第1章:古代ギリシア・ローマにおける「性」の不在と「生存の美学」
1. アイデンティティとしての「性」の不在(古代ギリシア)
古代ギリシャにおいて、現代でいう「セクシュアリティ」という概念は存在していませんでした。彼らは愛や性行為の異なる側面に対して「アフロディシア(aphrodisia、愛の事柄)」といった用語は持っていましたが、それらの欲望や行為を中心に個人のアイデンティティを構築することはありませんでした。個人の性的嗜好が、その人自身を決定づける「真実」になることはありませんでした。
ギリシャ人は性を規制しようとしましたが、それは道徳的な善悪の段階ではなく、均衡の感覚に基づく倫理でした。性行為のタイプを非難するのではなく、人々が適切な社会的役割を維持することに大きな重要性が置かれました。例えば、自由な男性は常に能動的・支配的な性的立場をとるべきだとされ、女性、少年、奴隷は従属的な立場をとるべきだとされていました。
「同性愛」行為についても、単純な受容性や非受容性の観点ではなく、市民的役割の倫理で問われました。男性との愛の関係で従属的な役割をとった少年が、後に都市の指導者となる男性に成長することは頻繁に起こっていました。
2. フーコーによる「倫理」の実践(第2巻・第3巻)
フーコーは『性の歴史』第2巻『快楽の活用』(紀元前4世紀の古代ギリシア)において、この時代の道徳を、人々を一律的に従わせる規範や法とは異なる「倫理」の実践として捉えました。これは、自分自身の意思を基盤に、自らを組み立て、形作り、磨き上げ、変容させる「生存の美学」と呼ばれる自己の実践でした。
古代ギリシアでは、性的欲望それ自体の分析や解釈は求められておらず、その力を「過剰にならないように活用し、調整する」という自己統御が重要でした。
この倫理の実践は、主に以下の3つの領域に焦点を当てて考察されました。
- 養生術(Dietetics): 飲食、運動、性生活などを、年齢、体質、季節、体調といった可変的な条件を考慮しながら量や順序を調整する、臨機応変な実践です。
- 家庭管理術(Economics): 結婚した男性が、妻以外の女性との性的関係を許容されつつも、自ら節制に努めることで、他人を支配する立場にふさわしい、自己を支配できる人物であることを証明しようとする実践でした。
- 恋愛術(Erotics/若者愛): 成人男性と若者の関係性において、互いに節度をわきまえ、自律的に振る舞うという倫理の実践であり、社会的な・教育的な側面を持っていました。
3. ローマ帝政期における自己への配慮の増大
紀元後1〜2世紀のローマ帝政期(第3巻『自己への配慮』)においても、古代ギリシア的な倫理は引き継がれましたが、「自己への配慮」が増大し、より厳しい節制が見られるようになりました。この時代の倫理は依然として「生存の美学」に属し、禁止や懲罰に基づくものではありませんでした。
変化として、医学の体系的な知識が生活に影響を及ぼし、性行動が健康に悪影響を及ぼす可能性に注意が払われるようになりました。また、夫婦の絆が強調され、夫婦関係は相互的なものへと変化し、夫婦が「倫理的統一隊」として生き方を形づくる実践が重要視されました。その結果、若者愛は倫理的な実践としての意義を失い、衰退していきました。
第2章:キリスト教初期における内なる欲望への焦点と告白の拡散
古代世界が欲望の「活用・調整」を目指したのに対し、キリスト教初期から中世にかけて、性の概念は根本的な転換期を迎えます。
1. 内なる欲望への執着
ローマや初期キリスト教はグレコ・ローマン伝統を踏襲していましたが、転機となったのは修道士たちの活動です。修道士たちは、自身の思考が純粋であるかについて深く執着し、夢、記憶、行動のすべてを不純物がないか絶えず尋問しました。この継続的な自己精査が生活様式となり、彼らはすべてを高位の権威に告白し始めました。
聖アウグスティヌスは、性欲(コンクピスケンティア)は制御されるべきであり、人間の意志から自律した罪の痕跡であると強く主張しました。この主張は、教会が信者の内なる欲望に対してより関心を持つようになることに大きな影響を与えました。
2. 告白の焦点移動と欲望の解釈学の形成
16世紀のトリエント公会議において、カトリック教会は信者の告白を義務付けましたが、この時期までに、告白の焦点がそれまでの「行為(acts)」から、行為につながる「意図や欲望(desires)」へと移行しました。この新しい告白の慣行と手引き書の普及により、性の言説が爆発的に増加しました。
フーコーは、第4巻『肉の告白』(キリスト教初期)において、古代で重視された自己との関係とは対照的に、キリスト教では自己の放棄や自己の否定が目指されたと考察しました。
- カッシアヌスと検討告白: 4〜5世紀の修道院では、師匠への徹底的な服従と、自己の意思の放棄が目的とされ、その手段として「検討告白」(エクサゴレウイシス)が課されました。これは、絶え間なく自分の欲望、感情、思考の動きを監視し吟味し、心に潜む悪を他者(師匠)に言葉で言い表すという、包括的で永続的な義務でした。この実践は、近代社会を特徴づける性の告白の基盤が形成された時代であるといえます。
- アウグスティヌスとリビド: アウグスティヌスは、堕罪により意思の統御を逃れる「非意思的なリビド(強欲)」が人間の意思の中に組み込まれたと解釈しました。リビドは意思と無関係に反応する性器の動き(勃起)のことであり、この解釈によって、性的欲望は人間主体と切り離せない構造的な欠陥(罪の印)として位置付けられました。
これにより、性的欲望を分析し、語ることが人間主体の「心理」に迫るための道筋として開かれることになり、「欲望の解釈学」が形成されました。
第3章:近代の権力とセクシュアリティ・アイデンティティの誕生
1. ホモ・セックス行為から近世ヨーロッパの性質(アイデンティティ)へ
中世から近世ヨーロッパにかけて、同性愛的な行為に対する見方は様々でしたが、この時代の「ホモ・セックス」や「ソドミー」はあくまで行為であり、そのような逸脱行為が特定の性格タイプや永続的なアイデンティティと結びつけられることはありませんでした。行為が露見・告発されない限り、個人の本質が問われることはありませんでした。
しかし、トリエント公会議以降、人々は自身の欲望を自己のアイデンティティの深い部分として捉え始め、それが彼らを構成する最も重要な要素であると潜在的に認識するようになりました。
2. 規律権力と管理技術の登場
17世紀以降、権力は、抑圧的な力から、個人の行動を誘導・調整する「規律権力」へと変化しました。人々は性行為そのものではなく、性について話すこと、調査すること、そして規制することに強く執着し始めました。
この時期、制度は脅威ではなく、インセンティブや軽微な罰、社会的構造を用いて人々を望ましい行動へと誘導する「管理技術(management techniques)」に頼るようになりました。この管理技術の導入は、社会を細分化(atomization)へと導き、後に性的な逸脱を規制する中心体となる核家族への移行を促進しました。
また、植民地では、性の規制が人種的懸念と結びつき、支配の正当化に利用されました。ヨーロッパのブルジョワ階級は、人種的退廃のパラノイアに対抗するため、自己啓発に注力し、特に子育てを科学的原則に基づき厳格に行いました。植民地当局は、反ソドミー法を世界的に輸出し、西洋的な性の規範を広めていきました。
3. フーコーによる性の「生成」と言説の増大(第1巻)
フーコーは『性の歴史』第1巻『知への意思』(近代)において、性が抑圧されてきたという「抑圧の仮説」を批判し、実際には性が「熱狂的に語られてきた」、すなわち性についての言説(知識)が積極的に増大(生成)してきたと主張します。
この生成の鍵は、キリスト教起源の「告白」であり、告白は教会の枠組みから外れ、「個人に潜む心理を生み出す技術」として、医学、教育、裁判、家庭など社会の至る所へと広がり浸透しました。人々は、心に秘められた欲望を監視・吟味し、言葉で言い表すという「ほとんど際限のない務め」を課せられるようになったのです。
さらに18世紀頃からは、人口管理の観点から性について語らせる機運が高まり、国家や科学(統計学、医学、精神医学など)も、性に関する体系的な知を組み立てるために告白を煽り立てるようになりました。
フーコーは、近代社会を特徴づけるこの権力を「性権力」(生権力)と呼びました。生権力は、従来の抑圧的な権力とは異なり、積極的かつ生産的な作用を持ち、人々の生命を経営・管理・操作し、最大化・最適化しようと働きます。これは、個々人の振る舞いをコントロールする「個人の規律」(身体の解剖政治学)と、人口集団を管理する「人口集団の調整」(人口の生政治学)の二つの形態で展開されました。
4. 1880年代:性的アイデンティティの誕生
そして1880年代頃、ヨーロッパでは医学者、性科学者、心理学者などによって、性的な「逸脱」を分類する分類法(タキソノミー)が考案されました。
ここで決定的な変化が起こります。
- 行為から性質へ: かつてソドミーや姦通などが同じ線上の道徳的逸脱と見なされていたのに対し、これらは全く異なる、個人の本質的な性質と結びついた逸脱として捉えられ始めました。これらの行為の加害者は、時折罪を犯す者ではなく、欠陥のある性質を持っている者として見なされるようになったのです。
- 「正常」の規定: この分類法は、逸脱的と見なされる人々を限定しただけでなく、彼らと対比される形で、「正常な異性愛者の生活」、すなわち健康的で道徳的に立派な核家族を構成するものをも規定しました。
- 病理学的アイデンティティ: 逸脱した性的欲望を持つと考える者は、自身を病理学的アイデンティティを持つ者として捉え、関わった行為だけでなく、その人自身(人としての深い真実)についても社会的な烙印を押されることになりました。
こうして、約1880年頃までに、「セクシュアリティ」という、個人の本質的なアイデンティティとしての概念が確立されました。
まとめ:道徳と主体の歴史的変容
フーコーの『性の歴史』全体は、古代ギリシアや帝政ローマに堂々としていた「自己」(主体性)が、キリスト教初期から近代にかけて徐々に姿を消していくプロセス、すなわち「自己消失の歴史」としても解釈されています。
- 時代 | 特徴づける道徳のあり方 | 自己のあり方 |
- 古代ギリシア・ローマ帝政期 | 倫理(生存の美学、自己との関係を重視) | 自立的:自らの意思に基づき、自己を美的(芸術作品)に創造し変革する |
- キリスト教初期 | 告白と服従(欲望の解釈学の形成) | 自己否定:自己の放棄や否定、他者への服従の上に成り立つ |
- 近代 | 規範と権力(性の生成、生権力) | 従属的:権力の編み目の中で作り出され、科学や規範によって規定される |
古代世界では性的欲望の分析・解釈や告白の実践は不在でしたが、これらの実践はキリスト教初期に形成され、その形式や役割を変化させながら近代社会まで受け継がれてきました。現代社会で私たちが当然としている「正常/異常」の物差しや規範、そして今日のLGBTQ+のアイデンティティの探求や、性教育の議論にも、この歴史的変容が影響を与えているのです。この歴史的変容を経て形成されてきたものであると認識することで、自己のあり方や生き方を再検討するための視点となるでしょう。
